印刷業務の契約と著作権の取扱

全日本印刷工業組合連合会

はじめに

ここ数年、組合に対する問い合わせの中で多いものに、印刷データに関する所有権の問題と著作権の取り扱いに関する問題があります。印刷データの所有権については、印刷物の制作を請け負うにすぎない契約にも拘らず、最初からあるいは途中で、また時には印刷物の完成後に、印刷データやPDFでの納品を要求され、その正当な対価を請求できないという問題で、さらには正当な対価を請求できないばかりか、ひどい場合はその印刷データが翌年他の印刷会社に廻り、同じものを安価で制作するということが行われているようです。
また、著作権の取り扱いについては、その印刷物の制作に係る一切合切の著作権の権利譲渡を求められるもので、印刷データと同じように、その後の使用についての権利を奪われるものです。この種の問い合わせは、特に官公庁(国や公団、地方公共団体等が、物品の購入、役務の提供、工事または製造の契約を結ぶことを一般的に言う)に関連して多く、今後の継続した取り引きを考えたとき、また、受注側という立場を考えたとき、印刷会社は本意を翻してまで従わざるを得ない状況にあるようです。
急速なデジタル化の進展により、印刷物の制作工程は従来と比べて大きく変化しました。同時にデータのやりとりもE-mailや各種メモリなどで簡単に、そしてスピーデイーに行うことができるようになりました。しかしその便利さやスピードと引き換えに、重要でとても大切なことが置き去りにされているもう一つの現実があります。

印刷会社の所有権

さて、ご存知のように、所有権の問題でいいますと、印刷業界では以前から「印刷に使用する製版フイルムや印刷版、刃型、 また印刷データは発注者、受注者のどちらのものなのか?」という議論が何度も繰り返されてきました。また、前述のように、最近は何の疑問もなく発注者から提示される仕様書や契約書で、印刷データの無償譲渡を盛り込まれるケースが多く見られます。では、印刷データは一体どちらにその所有権があるのでしょうか?これについては既に過去の裁判において印刷データと同じ意味合いを持つ製版フイルムや印刷版に関する判例がいくつか出ていますので、おさらいの意味で最近の判例をみてみましょう。

【製版フイルムに関する事件】

〔東京地裁 平成13年7月9日結審〕

〈概要〉ある出版社がかつて住宅専門誌の印刷業務を発注した印刷会社に対し、再版を依頼したところ、印刷会社が既に製版フイルムを廃棄してしまっていたため、出版社はこれにより損害を被ったとして、印刷会社を提訴した事件
【判決】「一般的に注文者の依頼により雑誌を印刷、製本する行為は請負にあたり、その依頼を受けた者は、注文者の求めに応じて雑誌を印刷、製本の上、これを注文者に交付して請け負った仕事を完成すれば足り、これにより報酬請求権を取得する。しかし、講負人が請け負った仕事をする過程で自己の材料を使用して作成した物品は、それ自体として請負の目的物ではないから、契約当事者間で別異の合意をするなど特段の事情がない限り、その所有権は講負人に帰属し、講負人がこれを注文者に引き渡す義務はない。本件製版フイルムは、印刷工程において印刷物完成のために作成される中間生成物であるから、原則として印刷業者の所有に帰属し、当事者間でその所有権や交付についての別異の合意をしない限り、印刷業者はこれを注文者に引き渡す義務を負わないというべきである。また、作成費用は講負人が仕事を遂行するために必要な費用であるから、注文者が負担するのは当然であり、さらに、本件製版フイルムに、原告の写真が使用されたり、原告の創意、工夫が組み込まれているとしても、それらは完成して引き渡される請負の目的物に凝縮して反映されるものであり、これらをもって中間生成物まで原告が所有権を取得する根拠とならない」
このように、印刷会社が契約の目的である印刷物を制作するにあたって、その途中で発生する製版フイルムや印刷版は“中間生成物”と呼ばれ、その所有権は原則として印刷会社に帰属することが示されています。よく発注者から「それは最初に提示された見積に含まれていて、その代金はちゃんと支払っている!だから、製版フイルムや印刷版はうちのものだ!」などの話がありますが、その見積りは発注を受けた印刷会社が「契約の目的である印刷物を制作するために使用する、フイルムや版の作成に必要な技術料や加工料、さらにはその会社独自のノウハウ料」という意味であり、製版フイルムなどそのものの対価という意味ではありません。
IT化の影響で、印刷業界もDTPやCTPなど、作業効率と生産性の向上を目指してデジタル化が進んでいます。この関係で最近では、使いまわしの利く最終印刷データの納品を求められることが多くなってきていますが、印刷業界としての考え方は製版フイルムや印刷版と同様に印刷データも“中間生成物”という考え方を基本スタンスとしています。従って、今現在まだ印刷データの所有権に関する明確な判例はありませんが、契約の最終目的物が“印刷物”である以上、印刷データの所有権は印刷会社にあると考えることが妥当で、また、印刷データの納品を要求された場合には、当然、その制作費用に見合ったそれなりの対価を求めてしかるべきです。その印刷会社の人材、費用、時間、ノウハウを注ぎ込んで制作したものである以上、完成した印刷物の“おまけ”や”サービス”といった考え方は原則として避けたいものです。
印刷データは、その印刷会社が長年独自で培ってきた技術力やノウハウを投入して制作したその会社の財産です。従って、そのようなことを考えた場合、印刷業界内の話になりますが、時々耳にする、あきらかに他社が制作したとわかるデータをそのまま利用し、安価で提供するという行為は、いくら発注先の指示があったとしても印刷会社の自尊心という点で、また業界としての信義則上いかがなものでしょうか?

所有権と著作権は別もの

さて、印刷データは基本的に中間生成物と位置づけられ、特約等がなければ印刷会社に所有権があるという考え方を確認しましたが、それではもし、印刷データを「有償でもかまわないから譲ってほしい」と言われた場合、 どう対応すればよいのでしょうか?その制作に費やした人件費や技術料などを勘案した上で通正な費用を請求し、その支払を受けられれば、その印刷会社の判断で譲渡してもかまわないと思われるかも知れませんが、その場合は、そのデータに含まれるテキストや写真、イラストや地図などの「著作物」の“著作権”が全て受注者(印刷会社)または発注者にあることが大きな前提条件となります。もし、外部のカメラマンやイラストレーターなどの第三者が著作権を持っていて、 きちんとした権利処理が行われていない場合、受発注者間だけでの勝手な譲渡は後々大きな問題を起こしかねません。印刷データの所有権とそのデータに含まれる著作権は全く別な権利です。もし、そのデータに様々な著作物が使われている場合、その著作権は現実問題として、往々にして受発注者のどちらでもない第三者の介在があるケースが多く、その場合、いくら受発注者の二者間で印刷データの譲渡が成立しても、著作権の権利処理が置き去りにされている状態では、事実上、その後のデータの自由な取り扱いはできなくなります。所有権の譲渡の話し合いは二者間でできても、著作権の譲渡(権利処理)よ著作者を無視しては成立しない全く別な話ですので、その点のきちんとした理解が必要となります。

印刷物は著作権の集合体

ここで改めて確認しておきますが、印刷物はテキスト・写真・イラスト・地図をはじめ、それらを組み合わせる編集・レイアウトまで、そのほとんどが著作物と考えられ、著作権という観点からすると「著作物(著作権)の塊(かたまり)」ともいえる大変にデリケートな製品です。一枚ものの印刷物でも多くの著作物(著作権)により構成されており、著作者も著作権もその数だけ存在しています。しかし、残念ながら印刷物の制作に関わる受発注者の双方ともに、現時点では、著作権の保護に対する意識の薄さや対応の遅れなどがあり、実際にトラブルが発生した時点ではじめて“著作権侵害”ということに気づき、責任のなすり合いや損害賠償請求などの対応に戸惑う現実がみられます。そして、その印刷物の制作に関わった受発注者の双方がその責任を開われることになり、結果として、今まで築きあげてきた信用や信頼を一瞬で失うことにつながりかねません。この意味から著作権という権利を軽々しく考えることは非常に危険です。受発注者がともに著作権の種類や内容を十分に理解し、慎重なプランのもとに印刷物の制作業務を進める必要性が求められています。そして何より印刷会社は日頃から著作物を頻繁に取り扱う業務を行っているという点で、その知識に関して、ある一定以上のレベルになければならないとされ、日常における注意と確認により権利侵害を回避する義務があると考えられています。

著作権の使用許諾、財産権と人格権

印刷物の制作にあたっては、テキスト・写真・イラスト・地図など様々な著作物が数多く用いられますが、これらを利用するためには、その利用方法、利用形態に沿った、著作権の“使用許諾”を得なければなりません。著作権は“権利の束”とも言われ、たくさんの“支分権”の集合体です。例えば印刷物に利用する場合には「複製権」、ホームページ上で公開する場合には「公衆送信権」、オリジナリティを保持したままで若干の変更や変形、加工などを行う際には「翻訳権・翻案権」など、その利用方法により、それぞれの使用許諾が必要となります。著作物を利用するときに、何をどのように使うのか、例えば、利用方法として、印刷物だけに利用するのか、その後webでも利用するのか、また、 利用範囲として、そのまま著作物の全体を利用するのか、一部分だけを利用するのか、さらには若干の改変を必要とするのかなど、最低限、何を、どのように、どのくらい利用するのかを事前によく検討しておく必要があります。
そして、 もうひとつ注意したい重要な点があります。それは“著作者人格権”という権利です。著作権は大きく分類して、公表権、氏名表示権、同一性保持権を含む著作者人格権と、前述したような、複製権、公衆送信権、翻案権などを含む著作財産権との2つに分けられます。複製権や公衆送信権、翻案権などのいわゆる著作財産権と呼ばれるものは契約により譲渡できることになっていますが、著作者人格権は一身専属権と定められ、著作権法上で譲渡や放棄ができないことになっています。著作者人格権は、著作者の人格的、精神的利益を守る、いわば著作者の意に反する行為により精神的に傷つけられないための権利であり、一言でいえば「著作物を創った著作者の気持ちを保護する」ものです。従って、著作権の譲渡というのは、一般的には著作財産権の話であって、法律上、氏名表示権や同一性保持権などの著作者人格権はそのまま著作者に残り、大切に守られていることを忘れてはいけません。また、印刷会社における編集・レイアウト作業に対して、編集著作権という権利が発生するケースがあります。一般に百科事典や新聞などは「その素材の選択や配列が創作性を有する」ということが認められ「編集著作物」として保護されています。著作権法で編集著作物として認められるのは「素材の選択または配列に創作性を有するもの」となっていますので、「選択」または「配列」のどちらか一方に創作性が認められれば「編集著作物」の条件を満たすと考えることができます。もちろん、その選択または配列に使用される素材の一つひとつの著作物(著作権)の問題はありますが、編集という観点に立った「編集著作物」という権利が認められている以上、印刷会社においても日常業務の中でこの権利が発生し、保護される可能性があることも覚えておきたいことです。

仕様書、発注書にある権利の帰属

さて、これらを念頭に置いた上で、冒頭で述べた、最近よく問い合わせを受ける官公需での契約問題を考えてみましょう。実際に私が各所から送っていただいた資料を見ても、仕様書においては、

  • 「フイルム、印刷用データなどの版権は○○県に属します」
  • 「版権、印刷物及び提出された原稿・データに係る権利は○○市に帰属する」といった本来印刷会社の財産であるべきはずの中間生成物の無償譲渡をはじめ、最近ではこれに加え、
  • 「本契約に基づいて作成された印刷物の著作権は○○市に帰属する」
  • 「本業務で作成したイラスト等については、業者において著作権処理を明確にし、○○市に帰属するものとする」と著作権の譲渡までが求められ、さらに契約書などには、
  • 「乙は、成果物が著作権法第2条第1項第1号に規定する著作物に該当する場合には、原則として、当該著作物に係る乙の著作権を当該著作物の引渡し時に甲に無償で譲渡する」
  • 「乙は、成果物が著作物に該当する場合において、甲が当該著作物の利用実現のためにその内容を改変しようとするときには、その改変に同意する」

など、受注者側にとっては素直に受け入れ難い内容が記されているものもあります。
ひどい例では「成果物のすべての権利は、(○○県(○○市)に帰属する」とだけ書かれており、それが何の権利を指しているのか判然としないものもあります。
そして、これらの権利譲渡の殆どが印刷物の制作業務の範疇(一部)と考えられ、それに対する費用(対価)は概して積算費用に含まれていない現実があります。また、逆に細かい条件が付されたある地方自治体の外郭団体の最近の仕様書では、次のような著作権処理が求められていました。〔著作権について〕(一部を抜粋)

(参考)第21条複製権、第22条上演権及び演奏権、第22条の2主映権、第23条公衆送信権等、第24条目述権、第25条展示権、第26条頒布権、第26条の2譲渡権、第26条の3貸与権、第27条翻訳権、翻案権等、第28条二次的著作物の利用に関する原著作者の権利
これは、印刷会社の持つ編集著作権をはじめとし、併せて権利帰属(その印刷物に利用されている著作物の著作権が全て受発注者のどちらかに帰属しているのか、いない場合はそれぞれの著作権者に許諾を得る必要が生じる)が明確になっていない各々の著作権の複製権から二次著作物の利用に関する原著作者の権利、さらには著作者人格権の不行使まで契約で被せられてしまう内容です。にわかに信じられないような内容であり、多少でも著作権の保護という考え方とその意識があればこのような契約条項にはならないはずです。本来著作者に帰すべき各々の著作権を一度に吸い上げ、併せて一身専属権である著作者人格権の不行使までの処理を全て印刷会社側に負わせる内容は、実際問題として、もし第二者の著作権が存在する場合、それぞれの著作財産権の全ての権利譲渡、さらには一身専属権である著作者人格権の不行使手続きまでを印刷会社が行うことは事実上不可能と言っても決して過言ではありませんし、また、“印刷物を製造する請負契約”にあたって、ここまで発注者が要求することが果たして適正なことなのかどうか、甚だ疑間に感じます。
その一方で、著作権を管轄する文化庁のホームページには、次のようなQ&Aが掲載されています。(文化庁のHPより引用)

Q;「成果物に関するすべての著作権は依頼主に帰属する」という契約をした場合、受注側は何に利用されても文旬は言えないのですか?

A;「広義の著作権は著作者人格権と財産権としての著作権に分けられますが、著作者人格権は著作者の一身に専属する権利として譲渡ができない権利ですので(第59条)、受注者に残っており、納品した作品を受注者の意に反して改変したり(第20条)、著作者名を勝手に依頼主にしたりすること(第19条)は原則としてできません。また財産権としての著作権のうち、著作物を翻訳、編曲、変形、映画化等などの翻案する権利である二次的著作物の創作権(第27条)と、そうしてできた二次的著作物を利用する権利(第28条)は、それらの権利を含めて譲渡することをはっきり明記して契約しなければ、もとの著作者に残っているものと推定されます(第61条第2項)。契約の文言とは別に、受注側があらゆる利用に同意していたと認められるような事情が無い限り、これらの権利は受注者側に残っていると取り扱われますので、例えば、日本語の作品を翻訳したり、連載漫画を元にアニメを作るような場合は、「受注者側の了解が改めて必要になります」とあります。いかかでしょうか?

“財産”の無償譲渡?

ここで出版社の話を例に挙げますと、出版社が本を発行する場合、出版社には一般的に編集著作権が生じると考えられますが、著作権法上の考えから文章や写真の著作権は作家やカメラマンに帰属します。仮に著作財産権の譲渡が成立した場合でも、著作者人格権は法律で譲渡ができないことになっていますので出版社は全ての著作権を持つことはできません。
このように常識的に考えますと、先に触れた印刷データの所有権にせよ、この著作権にせよ、全ての権利を発注者に帰属させるという契約内容は通常では納得し難いことですし、まして“財産”の意味合いを持つそれぞれの貴重な権利をサービスや無償で提供することは、普通に考えてもあり得ないことではないでしょうか?一般に印刷物の制作に係る著作権の処理としては、その印刷物に利用するだけの“複製権”の使用許諾を得ているに過ぎず、その他の支分権全ての使用許諾が得られているわけではありませんので、発注者側も、安易に「権利は発注者に帰属する」という一言で片付けるのではなく、その内容と意味をよく噛み砕いて考える必要があります。
特に、国や地方自治体はその性格や役割からも、権利者(個人から企業まで)のもつ権利を尊重し、それを保護するという姿勢、立場に立つべきなのではないでしょうか?
前述した判例で示されている“中間生成物”といわれる印刷会社の所有権、そして一筋縄ではいかない著作権の権利処理について、権利保護という観点から、今一度再考を望みたいところです。少なくとも、契約の目的が印刷物の完成にある以上、製版フイルムや印刷データなどの中間生成物の所有権は印刷会社に帰属し、それを求める場合はその制作に見合った正当な対価の支払いが発生する、そしてその譲渡にあたっては、データに使用されている各種著作物(著作権)をよく点検し、誤りのない適切な処理を行う、このような認識がまずスタートになると思われます。

受発注者の双方に求められるもの

IT時代の到来による急速なデジタル化の進展により、印刷物の製作工程も大きく様変わりしました。その一方で、国の知的財産戦略を受け、コンテンツ促進法の施行など、知的財産権の取り扱いがここにきて大きくクローズアップされてきています。このような中、受発注者の双方に求められているのは、各種権利の保護であり、またその利用に対する高い意識と的確な対応です。そのために今必要なことは、受発注者間における話し合いや具体的な検討の場を設けることであり、その中で、これまでの契約方法や慣習を見直し、所有権や著作権を権利者の“財産”として正当に評価することを前提とした新しい契約のルールを早急に構築することです。
特に“権利の束”と呼ばれる、取り扱いの難しい著作権が発生しているデータの安易な使用や勝手な譲渡は、著作者の権利と財産を保護するという著作権法本来の目的に反することですから、受発注者ともに十分な注意を払い、法の理念に則った、権利者の保護を最優先する姿勢を持ちたいものです。